【体験談】在宅介護で母の最期を看取った私の経験談

母がまだ介護を必要とする前から、在宅介護で母の最期を看取るまでのおおまかな流れを記事にしてみたいと思います。

完全に私達家族と母のプライベートな体験談ですが、在宅介護に興味を持っている方の参考になれば幸いです。

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介護が始まる少し前の母の様子

林道を歩く老夫婦

その頃、膝が悪い母は高齢者用の押し車を押し、父が付き添って愛犬の運動も兼ねて朝夕仲良く散歩をするのが日課でした。

後から思えば、その頃から母の様子が少し変わって来ていた様です。父が「お母さん最近買い物に行ったら人参ばっかり買うんや。」「料理が美味しくないんや。。」等と愚痴っていましたが、私はあまり気にしていませんでした。

同じ物ばかり買ったり、料理の味付けが変ったりするのは認知症の初期症状の事もある様です。料理が美味しくなかったのは醤油だけで人参を煮ていた様です。もう少し早く認知症の症状に気付けば良かったなと思います。

私の心の中に『きっと年をとればそんなもの。』『まさか。。』こんな風に思いたい気持ちが、何処かにあったのかも知れません。

それでも、どうにか両親は二人だけで助け合って生活をしていました。70代に入ったばかりの頃でした。この頃は母の最期を看取る事なんて考えてもいませんでした。

「お母さんがおかしいんや!」父から電話

実家へ駆けつけてみると、高熱を出し父の呼びかけに反応の薄い母を見て、直ぐに救急車を呼びました。緊急入院した母は検査の結果、急性胆嚢炎を起こしていると分かりました。

認知症の症状が出始めていたので、手術はリスクが大きいと言う事で先ずは点滴治療をする事になりました。入院中は点滴のチューブを自分で抜いて血だらけになったり、夜中に布団カバーを全部剥いでしまったり、看護師さんを困らせていた様です。

やむを得ず束拘(承諾済み)をされていたのでかわいそうで、毎日面会に行き殆どの面会時間を母と一緒に過ごしていました。根本治療は出来ず、母は胆嚢炎を何度も再発し入退院を繰り返す事になりました。

認知症の症状も少しずつ進み、『病室に雨が降っている』とか『天井を蛇が這っている』と言い出した時には正直ショックでした。

介護認定を受け介護サービスを受け始めたのはこの頃でした。

入院中ベッドからの転落で骨折

バリアフリーで設計された施設

認知症の症状がゆっくり進み胆嚢炎を繰り返していた頃、自宅で転倒し大腿骨骨折をし手術もしました。この頃は本当にかわいそうでした。大腿骨は3度も骨折し、その内の一度は胆嚢炎入院治療中の病室で起こりました。

足が弱っている事を本人が認識出来ず、勝手にベッドから降りて歩こうとするので夜間は拘束をこちらからお願いしていました。とても辛い事でしたが安全の為心を鬼にしてお願いしていたのです。

ある夜病院から電話が入り、母がベッドから落ちて大腿骨を骨折したと言うのです。もう怒りと残念な気持ちで、気が変になりそうでした。母の太ももには3か所の大きな手術跡がありました。

この件では病院にクレームを入れ納得の行く対応をして頂きました。母は認知症で看護師さんを困らす事はありましたが、基本は大人しく優しい人柄でした。

この様な状況の中、入退院を繰り返しながらも母は週3度デイサービスに通っていました。

母は70代の半ばになっていました。

肺癌を併発し寝たきりに

入退院を繰り返しながらも体調の良い時はデイサービスに通ってくれていました。

その頃は私も実家に滞在しながら、夕飯だけは家族の為に自宅に戻り作っていました。そして両親と私の分を実家に運んでいたのです。

ある日、母に肺癌が見つかりました。胆嚢炎の点滴治療で大変でしたので、手術は選択せず家族で話し合い痛みの緩和ケアを選択しました。

私達は、母が自宅をこよなく愛していたのを良く知っていたので、自宅で最期を迎えさせてあげたかったのです。最後は寝たきりになり、訪問看護師さんや訪問ドクターに来て頂き本当に度々助けて頂きました。

母にも明るく優しく接して下さいましたし、私達家族に対してもとても親切でした。看護のアドバイスの他、私達の心のケアまでして下さいました。

母は78歳で家族の見守る中、天国へ旅立って行きました。最期迄自宅で母を見守る事が出来たのは、介護サービス制度のおかげだと心から感謝しています。

以上が私の在宅介護で母の最期を看取った経験談です。

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