【体験談】認知症で別人のようになってしまった母との生活

初めて義理の母に会った時は約3年前、猫4匹と一緒に一人暮らしをしていました。認知症になり、家中が汚れまるで別人の様になってソファの上に横たわっていたのは、2年前のクリスマスの事です。ここから私達の生活が、母の介護を中心に回り始めました。

広告
広告

移住して初めて母に会ったクリスマス(約3年前)

クリスマスの飾りつけ

夫と結婚後初めて義理の母の家に訪れたのはクリスマスの頃でした(認知症になる前)。今でもあの時の緊張感はよく覚えています。玄関のベルを鳴らすと満面の笑みを浮かべ優しく出迎えて下さいました。

家の中は、何処もかしこもクリスマスの飾りで美しく飾られていました。玄関には大きなリ―ス、リビングにある大きなミラーの周りにはキラキラのモールが掛けられ、暖炉の周りにも可愛いクリスマスのお人形が沢山並んでいました。

義理の兄夫婦も家族で訪れ、義理の母は痛む膝をかばいながら忙しそうにキッチンで料理を準備してくれていました。

ダイニングに通されその華やかさにうっとり、それぞれの椅子の背もたれの部分に金色の大きなリボンが結ばれていたのには感動しました。クリスマス飾りを省いても壁紙やカーテンなど大きな花柄やワインレッドの色が好みなんだなと分かる内装でした。私の好みとぴったりだわと一人でワクワクしていたのを思い出します。

翌年のクリスマス母は別人の様でした

夏に訪れた時には歩行がだいぶ辛そうだなとは思いましたが、猫4匹の面倒も見ながら何とか自立されていました。

秋に母から転倒して救急車で運ばれるんだと電話が入りました。翌日、骨折などはしておらず再び自宅へ戻ったと聞いてほっとしました。それからは時々電話をいれて様子を聞いていましたが、元気な声で対応してくれていたので訪問はしていませんでした。

そしてクリスマスイブ、私達は衝撃を受けました。一階はリビング、キッチン、ダイニングルームにバスルームまで猫の糞尿で悪臭漂い凄い事になっていました。冬と言うのに母は夏の服装のままソファに座っていたのです。

キッチンのシンクには山の様にお皿やカップが積み上げられ、腐った水が溜まっていました。爪も伸び放題、頬は薄汚れて普通の状態ではありませんでした。私達は日に4度の訪問ケアを認知症の母の為に準備しました。

入院、一時的にケアホームへ入所、自宅復帰

青空に手のひらをかざす

母はケアが始まってから2度転倒で入院しました。骨折などの異常は無かったのですが、元々の関節の痛みが悪化して歩く事も困難なのでケアホームへ送られてしまいました。

イギリスではソーシャルワーカーがキーパーソンになっていて、母の事をどうすべきか判断します。病院とホームで計半年間過ごし、私達の熱心な働きかけでやっと自宅復帰する事になりました。

母は認知症が進んだようで、別人のようになっていて、よくケアを拒否していました。母が拒否をすると何も出来ないとケアラーは、時には母を夜にリビングの椅子に残したまま帰ってしまったり、起きたがらないからと1日中ベッドから起こさずにいたりしていました。

私達は毎週末訪問して食品を補充したり掃除をしたりしていました。ケアパッケージのギャップで手が無い時には私が2か月間母の介護を全面的にしていた事もあります。

感染症と認知症の症状

母は何回か入退院をしましたが、いつも退院して自宅復帰した後はケアを拒否して大変です。その中でも昨年は一番大変でした。私達は泊まり込んで様子を見ていました。

少し軌道に乗って来たかなと自宅に戻っているとケアラーから電話が入りました。母が便で汚れたパッドを交換させてくれないと言うのです。私達は直ぐに母の所へ逆戻り、説得するも断固として拒否しました。

この日を境に約10日間全くパッド交換をさせませんでした。スキントラブルや尿路感染症も心配だし、一緒に暮らしている私達も別人のようになってしまった母の介護に、ストレスで参りそうでした。

ケアラーもソーシャルワーカーもホーム行きを勧めて来ました。私も同感でしたが、夫は断固として反対をしていました。

こんな事いつまで続くのだろうと気がおかしくなりそうでした。

夫の粘り勝ち

青空に四葉のクローバーを掲げる

私はいくら自分の親をホームに入れたく無くても、認知症もひどくなっていくし10日間もケアをさせないとなれば仕方ないと思っていました。

それに食事も殆ど摂らずに、レモネードやチョコレート位しか食べてくれませんでした。その上怒りっぽくて機嫌が悪く、ケアラーに向かって怒鳴り散らしていました。私の知っている母とは違う、本当に別人だと感じてしまうほどでした。

こんな状態の親をよく見ていられるなと不信感さえ沸き起こりました。夫とも言い合いになり本当に辛い期間がありました。

でも、一緒に過ごしていくうちに、熱が引く様に母の頑なな症状は消え、現在は穏やかにケアを受けています。記憶力も以前の様に戻りとてもいい感じで過ごしています。

もしあの時諦めてホームに行っていたら、母の改善を感じることは難しかったでしょう。今回の事では夫の粘りに脱帽です。少しでも穏やかな日が続く事を日々願っています。

いつ又症状が悪化するか分かりませんから。そしていつまでこの介護が続くのかも分かりません。気分転換を心掛けて生活して行きたいと思います。

広告
広告
トップへ戻る